With A Little おせっかい 2014.12.11 青山修

 師走です。自分勝手な理由から何百億円もの税金を使って選挙を始める人もいます。皆さんお忙しいでしょうから、結論から書きます。

 今この国に足りないものといえば、『愛』と『勇気』、そしてほんの少しの『おせっかい』ではないでしょうか?もちろん根拠はありません。

 『おせっかい』という言葉は、大抵の場合ネガティブな使い方をされます。『気が利く』とは程遠く、『世話好き』にも大きく水をあけられています。もしもあなたが意中の人から「おせっかい(だ)よね」と言われたら、新しい恋を探した方がよいかもしれません。

 思い返してみますと、以前はおせっかいな人、結構いましたよね。頼んでもいないのに、よその家族の話に首を突っ込むような人、今この瞬間に隣家の誰が在宅しているか把握しているような人。こういった類いの人は、今の時代では盗聴犯もしくはストーカーに置き換わっているのかもしれません。

 一方最近では度々プライバシーが問題になる反面、こうした『おせっかいズム』が脈々と継承されていれば、助かったであろう命も少なくないように感じます。孤独死や過労死、自ら命を絶つケースはもとより、私達の身近でも同じ事が言えるのではないでしょうか。

 この国は、踏切事故で亡くなった認知症患者の遺族が鉄道会社から訴えられる国です。盲導犬が傷つけられる国です。マタニティマーク論争が起こる国です。都会の真ん中で孤独死した方が何ヶ月も発見されない国です。残念ながら、少なくとも美しい国には程遠いようです。

 私は仕事で高齢者や成年被後見人の方のお手伝いをしていますが、以前こんな事がありました。ある夏の暑い日、認知症の方が一人で外出してしまい、夕方になってようやく見つかりました。

 その方が発見された場所は、何と人通りの多い道端だったのです。何時間も灼熱の日差しに照らされた事で、額の皮がペロッと剥ける程でした。そんな状態で道端のブロック塀に寄りかかっている所を幸運にも警察に保護されたわけです。

 たしかに外見では普通に見えますし、不審に思う通行人も少なかったのかもしれません。しかし少しでも話せばすぐに気づくと思います。認知症の場合、自分の名前や住所さえ答えられない事が少なくないからです。親切な方が一言でも話し掛けてくれていたなら、あれほど日焼けする事はなかったと思います。

 皆さんも、街中で、道端で、踏切で、一人ぼっちの高齢者を見かける事があったら、どうか一声掛けてみてください。                                
「大丈夫ですか?」
「よろしければ、お手伝いしましょうか?」
「どちらに行かれるのですか?」
「お近くにお住まいですか?」
ほんの一言でいいんです。

「大臣、ご存知だと思いますが、かわうち原発ではありませんので」
「議員、お祭りで団扇を配るのはマズくないですか?」
そんな一言で今回の選挙が避けられたかは分かりませんが、ほんの一言でいいんです。

 あなたのほんの少しのおせっかいが、誰かの命を救うかもしれません。誰かのほんの少しのおせっかいが、あなたやあなたの大切な人の命を救ってくれるかもしれません。ほんの少しのおせっかいで、空は飛べないにしても、この国の未来は少しずつ変わっていくのだと思います。 

最後になりましたが、皆さん、必ず選挙に行きましょう。

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