007でなくても二度死ぬ?  2020.8.10 青山修

この数か月で世界は大きく変わってしまいました。大袈裟に悲観するつもりはありませんが、少なくとも全てが元通りになる事はないのでしょう。愛する人達と共に新しい世界を生きていく所存です。

いささか唐突ではありますが、誰にでも必ず訪れる『死』について考えてみたいと思います。

こんな話を聞いた事がありませんか?
人は誰でも「二度死ぬ」と。
一度目は、肉体的な死を迎えた時。
二度目は、愛し愛された人の記憶から消え去った時。
誰しも一度は考えた事があるテーマではないでしょうか。

私などは、自分が旅立った後も、自称武勇伝の数々を、妻にはしっかり覚えていて欲しいと思います。
着陸直前の国際線の機内で気分が悪くなりトイレに籠るも、客室乗務員総出で出てこいコールをされ大騒ぎになったこと。
イタリア旅行中に昼からビールばかり飲んて調子に乗りすぎた挙句、痛風の発作が出て、その後数日を台無しにして妻にコテンパンにやられたこと。
2人で顔を見合わせて笑った抱腹絶倒エピソードの数々は、私がこの世界の片隅に確かに生きていた証として、妻には憶えていて欲しいと考えたりします。

とはいえ、この世を去った後までそんな風に求める事自体が本当の愛とは言えないのかもしれません。本当に妻を愛しているなら、こう言いましょう。私の事など綺麗さっぱり忘れて、新しい人生を生きてくれと。柄にもなく強がってみたものの、煙の如く消えてなくなってしまうのは怖いですし、やはり寂しい気がします。

映画や小説などでこうしたテーマを扱った作品も少なくありません。ここ最近で秀逸だと感じたのは、映画『A Ghost Story』です。これは素晴らしい作品でした。是非ご覧頂きたいと思います。

因みに、映画『007は二度死ぬ』の原題は『You Only Live Twice』です。どちらもカッコいいタイトルですね。

私は行政書士として、遺言、相続、成年後見などいわゆる終活業務のご依頼を頂く事から、医療や葬祭の関係者ほどではないにせよ、少なからずお客様の死に接します。

遺言書の相談に来られ、そのまま何年か経ち、訃報をお聞きした方。
数か月前に病院から公証役場までご一緒して間もなく亡くなられた方。
私の手を握り「後は頼みます」との言葉を遺して旅立った方。
亡くなる数日前の病床で「人生を全うした気がします」と語った方。

大切な人を失った方の話を聞く事はありますが、大切な人を残して旅立った人の話は聞いたことがありません。

誰しも考えた事があるかと思います。
自分が亡くなった後のこと。
自分は愛する人の記憶にどのように残っていくのか。
そしてあるとするなら、二度目の死は何時どのように訪れるのか。

たとえば歴史に偉業を遺した人物や素晴らしい作品を遺した芸術家には二度目の死は訪れるのでしょうか。
ピカソやモーツアルトには?
スティーブ・マックイーンやジョン・レノンには?
世界中のファンに愛される続ける彼らが本当の意味で死ぬ事はないのでしょうか。
彼らは『俺の作品はずっと愛され続け、忘れられることはないから、たとえ死んでも寂しくないぞ』なんて考えていたのでしょうか。

そもそも死んだらどうなるのでしょうか?
一体何処へ行くのでしょうか?
その瞬間に何か感じることはあるのでしょうか?
すべて消えてなくなってしまうのでしょうか?
子供の頃、こんな事を一人で考えていてとても怖くなった記憶があります。しかし誰かに尋ねることはしませんでした。

私が書くようなブログで答えが出るテーマでもありませんので、このくらいにして、最後に、最愛の伴侶を亡くしたある方の言葉を記します。このブログを書くきっかけになった言葉でもあります。

もう何カ月にもなるんですが、ずっと妻のことを考えています。
先立たれるなんて本当に思いもしませんでした。
でもそうでなかったら、ここまで妻のこと、ふたりのこと、
真剣に考えることはなかったかもしれません。
もしも私が先に逝っていたら、
妻と出会えてどれだけ幸せだったか考える事も、
これほど妻に感謝する事もなかったように思います。
さびしいけれど、よかったのかなって。
でも、やはり、妻にそれを伝えたかった。
ちゃんと彼女の眼を見てちゃんと伝えたかった。
私がどれだけ幸せだったか。

本当に美しい話です。

答えが出ない事を考える事は、
人間にしかできない神業かもしれません。

今日は亡き母の誕生日です。
何というか、とても可愛らしい人でした。

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