サーカスの空中ブランコを観て、「お金取るのに、安全ネットがあるのかよ!」と言う人はいないと思います。「ネットがあるなんて本物じゃない」という方は、もしかすると本物のピーターパンの世界に生きているのかもしれません。まさか、サーカスの花形スターが落下して、怪我をしたり、亡くなったりする場面を子供に見せたいという親御さんはいないでしょう。
むしろ、安全ネットや命綱があるからこそ、空中で観客を魅了する程の思い切った演技ができるのではないでしょうか。逆に、落下を怖れるあまり、少しも冒険しないような腰の引けた演技なら、それこそわざわざお金を出して観に行く人はいないでしょう。
安全ネットがあることで、時にはわざと落ちて戯けた演技もできますし、万が一、本当に落下したとしても、これ以上ない苦笑いを浮かべながらも、またやり直す事ができるのです。これが、ヴァーチャルではない、我々が生きるリアルな現実です。
これは我々が暮らす社会でも同じではないでしょうか。絶対に失敗できない社会では息が詰まります。想像してみてください、誰もが失敗を怖れ、冒険もチャレンジもしない社会を。想像してみてください、多くの若者が大企業ばかりを目指し、やりたい仕事よりも安定性を求める社会を。そんな国には誰も住みたくないでしょうし、とにかく明るい未来があるとは思えません。
我々一人一人がそれぞれの道で、最大限の力を発揮して、頑張って生きていく為には、最後の砦となる、セーフティネットが必要なのです。少々長い前振りでした。
セーフティネットといえば、ニュースなどでもよく取り上げられるのが、生活保護です。皆さんは、生活保護についてどんな印象をお持ちでしょうか。厚生労働省のHPによれば、『資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方に対し、困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障し、その自立を助長する制度』とあります。
生活保護については、ここのところ、どうも誤った理解が広がっているように感じます。ニュースやワイドショーでは、『有名人の母親が受給していた』『生活保護でパチンコやっていいのか!?』などと花盛りです。たしかにキャッチーですし、いかにもワイドショーが喜びそうなネタではありますが、それらはひとまず置いておくとして、その数字面から、生活保護の現状に迫ってみましょう。
我が国の5000万世帯のうち、生活保護を受給しているのは161万世帯です。そのうち半数近くは高齢者世帯であり、そのほとんどが独り暮らしです。これに、傷病者や障害者の世帯、母子世帯が続いています。さらに外国人の受給率など少なすぎて見えない程です。この数字だけを見ても、生活保護問題の本質は、パチンコ云々ではない事がよく分かります。
また、我が国において、収入や資産から判断して生活保護を受ける事ができる人で、実際に生活保護を受けている世帯(捕捉率)は、15~18%と言われています。この数字を諸外国と比べてみますと、ドイツ64%、英国90%、フランス91%となっています。一方、我が国は20%にも満たないわけですから、いかに日本人が歯を食いしばって生きているかが分かります。さすが『おしんの国』は違います。
言うまでもなく、生活保護は税金で運営されている制度です。その制度があまり活用されていないのです。これが、税金が投入されたハコモノだったら、どうでしょう。例えば、税金で大きなスタジアムを建設したものの、あまり使われていないとしたら。それこそワイドショーは、『我々の血税で!』と大騒ぎではないでしょうか?そういえば、新国立競技場の東京オリンピック後は本当に大丈夫でしょうか。
こうした中、生活保護制度に対するバッシングがあります。たしかに、年金受給額は減らされ、低賃金の非正規労働者も増えており、『仕事もしないで生活保護を貰うなんて』等の批判も、感情的には解らなくもありません。しかし、その矛先を向けるべき相手は、むしろ国や政治家ではないでしょうか。生活保護費以下の収入で暮らす子育て世帯も増えていますし、そもそも最低賃金が低すぎるのでしょう。こうした状況の打開策として、「生活保護貰いにくいじゃねえか、日本死ね」とブログに書くお母さんが出てくるかもしれません。
また、最近よく槍玉に挙げられるのが生活保護の不正受給です。勿論、不正受給はいけない事ですし、許されるべきではありません。しかし、不正受給率は全体の0.4%と言われいます。0.4%と言えば、1000人に4人です。この数字、多いですか?あなたのお勤め先にいる給料泥棒みたいな正社員は、1000人に4人だけでしょうか?もっと多く存在しそうですが、根拠もありませんし、良くない例えでした。
繰り返しになりますが、生活保護を受ける事ができるにも関わらず、80%以上もの方が利用していないのです。不正受給については、少ない受給者のうちの僅か0.4%です。これが我が国の生活保護の現状です。逆にそれだけ利用されていないという事は、制度自体に何らかの問題があるのでしょう。利用すべき人にはしっかり利用して貰えるよう、皆で知恵を絞り、より柔軟で利用しやすい制度にしていく必要がありそうです。
そのためにも、まずは生活保護に対する理解を深め、偏見を拭い去りましょう。心のセーフティネットにお金は掛からないのですから(決め台詞)。皆さんの周りに生活に困っている方を見掛けたら、最寄りの役所に相談に行くようお勧めしてみてください。生活保護を受けるのは、何も恥ずかしい事ではありません。こうした心の問題も、我が国で生活保護制度がなかなか浸透しない一因かもしれません。生活保護に対する偏見を捨てて、頑張る人を応援できる社会を作りたいですね。
たしか大昔の後楽園球場だったと思いますが、家族でサーカスを観に行った記憶があります。子供時代を振り返ってみますと、本当によく色々な所に連れて行って貰いました。割と幸せな子供時代だったと思いますし、両親には心から感謝しています。
そう言えば、最近は「サーカスに入れるぞ!」という叱り方も聞かなくなりました。ほんの一時期ですが「ヨットスクールに入れるぞ!」というのも効き目があったように思います。とはいえ、今の子供達は何となく賢そうですから、そんな脅し文句は到底通用しないのでしょう。もしかすると、サーカスは、そういう意味で社会のセーフティネットだったのかもしれません。お後がよろしいようで。
【ご参考】パンフレット「あなたも使える生活保護」